ドリル・出来杉君   文字サイズ
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子どもが小学1年生として入学してから卒業までの6年間っていうとずいぶん大きくなっていますよね.もうそろそろ卒業のシーズンに なりますけど,今年2009年に小学校を卒業する子は2003年に入学した子です.2003年といえば,政治的には小泉政権,海外のニュースと しては,アメリカ・イギリスのイラク侵攻のあった年ですから,大人の感覚からすれば,ほんのちょっと前の話です.

子どもの頃の期間といったら私自身の感覚で言えばずいぶん長く,その記憶の大半が,小学校時代のことですから, 大人の今の時間感覚からするとたった6年間だったようには感じません.そういう意味では,人生における小学校時代はもっとも密度の 高い時期なのかもしれません.

とは言っても,夏休みだって冬休みだってたった6回,中学に入ればクラブ,部活やら勉強で,親の手伝いや一緒に遊ぶなんてことは 少なくなるんでしょうから,一緒に海に行ったり,山に行ったり,サッカーやったり,料理したりなんて,数えるほどの回数なんですよね.

だから,今の大人の時間を基準にしていると,あたかも子どもに対して何百回も何千回も同じことが繰り返されるような錯覚に陥りやすい ですが,本来数えられるくらいの回数/経験であることが計算できてしまいます.

毎日3度3度食事の用意をしているお母さんは多いと思いますが,週一回だけでも子どもと一緒に料理をするというお母さんは, 少ないと思います.たとえ,料理ひとつの経験であっても,料理を食べない日はありませんので,その経験はいろいろな形に生かせると 思います.自分自身での料理する場合には,直接的に生かせることはもちろん,単に食べるだけであっても,米を研ぐ水の冷たさを知って ご飯を食べるのと,知らずに食べるのでは感謝の度合いも変わるというものです.

子どもの頃に経験したことは,たとえわずかであっても,直接仕事等に直結する経験もあれば,それが本人の人生哲学の礎になることに なったりする場合もあります.大人にとっていつもの日常であっても,子どもにとっては価値の高い経験になるかもしれません. 日常に繰り返し,言う言葉も子どもには深く刻まれることになりますので,それが遠い将来子どもが大人になったときに,ピンチを救う 言葉になるかもしれませんね.

”みんなにやさしくするんだよ”と言って送り出すのは,みんなにやさしくされるような子になってもらいたいためで,ちょっと開く 大人の口にも,子どもにとっては無駄がないんだろうなと思ったりします.



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